アンダーマイニング効果は、日本語で「抑制効果」「過正当化効果」と訳されます。ここではアンダーマイニング効果の詳しい意味や原因、対策などについて解説します。
目次
1.アンダーマイニング効果とは?
アンダーマイニング効果とは、達成感や満足感を得るために行っていたが報酬を受けた結果、「報酬を受けること」そのものが目的になり、結果として本来の内的な動機が失われてしまう心理状態のこと。
モチベーションが下がってしまうこと
アンダーマイニング効果は、本来は好奇心や喜びといった「内発的動機づけ」によって行動していた相手に対し、報酬や褒美といった「外発的動機づけ」を提示して、結果として当人のモチベーションが低下してしまう心理現象です。
この「動機づけ」は「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」の2つに分かれます。
外発的動機づけとは?
「外発的動機づけ」とは、その名のとおり自分にはない外部から与えられる動機づけのこと。具体的には以下が受動的な動機づけ、つまり外発的動機づけにあたります。
- 自分以外の第三者から褒められる
- 報酬を与えられる
- 罰則の設置
物質的な報酬や利益、評価を達成するために頑張ろうとする意欲を「外発的動機づけ」といいます。
内発的動機づけとは?
「外発的動機づけ」の対として用いられるのが好奇心や探究心、関心や向上心など本人の内部要因から発生している「内発的動機づけ」。
「プログラミングが好きだからもっとスキルアップして仕事の幅を広げたい」「趣味の将棋に対して、賞罰や評価に関係なく毎日でも将棋を指したい」といった自発的な意欲が該当します。
実証事例
「アンダーマイニング効果」は1971年に「内発的動機づけ」研究の第一人者、エドワード・L・デシ氏と、同じく社会心理学の主要な理論家、マーク・R・レッパー氏の実験によって判明しました。
本実験では大学生を2つのグループに分け、以下3つのセッションを実施しました。
- 第1セッション:両グループとも普通にパズルを解いてもらう
- 第2セッション:Aグループにはパズルが解けるたびに報酬を与えるが、Bグループには与えない
- 第3セッション:再び両グループにパズルを解いてもらう
実験の結果、報酬を与えられたAグループは与えられなかったBグループに比べてパズルに触れる時間が少なくなりました。Aグループは「パズルは報酬を得るための手段に過ぎない」と感じるようになり、モチベーションが低下してしまったのです。
アンダーマイニング効果の具体例
アンダーマイニング効果の具体例は身近なところにも見られます。たとえばゲームが好きで遊んでいる子どもに対し、金銭報酬を与えたとしましょう。
その外発的報酬によって、子どものなかで「ゲームをしたい」という内発的な動機から「金銭報酬を得たい」という外発的な動機に変化します。結果としてゲームに対するモチベーションや関心が下がってしまうのです。
幼稚園児を対象にしたお絵描きの実験でもこの結果は同様でした。絵を描くことが好きな園児を以下3つのグループに分け、しばらくたった後に内発的なお絵描きがどのくらい行われているかを測定した実験です。
- Aグループ:上手に描けたら賞状をあげる、と伝えて実際に賞状を与える
- Bグループ:賞状をあげることは伝えないが、描き終えたら賞状を与える
- Cグループ:約束もせず賞状も与えない
この実験においてもB、Cグループの園児たちに内発的な意欲の低下は見られず、Aグループの園児だけに意欲の低下が見られました。
2.アンダーマイニング効果が起こる原因
内発的動機づけによって行動していた働きに対し、外発的動機づけを提示するともともとあったやる気や関心が下がる「アンダーマイニング効果」。なぜこのような現象が起きてしまうのでしょうか。ここではアンダーマイニング効果が起こる主な原因を説明します。
目的がお金に変わってしまう
アンダーマイニング効果が起こる原因のひとつが「目的が報酬に変わってしまうこと」。会社全体の満足度やモチベーションを高めるためには、成果を出した社員に報酬を与えなければなりません。
しかし一般的に外発的動機は内発的動機に比べて持続しにくいといわれています。社員の行動や成果に対して褒章を与える場合、当人の内発的動機を損なわないよう注意しなければなりません。
周囲からの評価
「周囲からの評価」もアンダーマイニング効果が起こる原因のひとつです。業績や業務効率、能力や精神性で社員を評価している企業も多いでしょう。
この場合は周囲からの評価や昇格のためだけに業績を上げ、結果として自己決定感や有能感を低下させないよう注意が必要です。
周囲から尊敬されたいと思っている社員や、プライドが高い社員はアンダーマイニング効果が起きやすいため、特に注意しなければなりません。
やらされていると感じる
モチベーション向上のため、よかれと思って与えた金銭的報酬が結果として内発的動機づけを下げる場合もあります。
金銭的報酬(外発的動機づけ)によって、もともと楽しかった、自発的に行っていた行動が「報酬のためにやらされている行動」になってしまうのです。
なかには報酬によって意欲的に取り組む社員もいるでしょう。それと同時に「やらされている感」が高まり、自主性や積極性が低下する社員もいる点を覚えておかなければなりません。
締め切りやノルマがある
締め切りやノルマの達成もアンダーマイニング効果が起こる原因です。もともと楽しんで取り組んでいた業務に期日が近づいてしまい、結果として投げやりに終わらせてしまった、経験もあるのではないでしょうか。
短期的に見ればモチベーションの向上に寄与する締め切りとノルマですが、達成できなかった際のストレスも生み出すのです。
3.アンダーマイニング効果がビジネスに及ぼす影響
褒美や評価がなければやる気が出なくなってしまう「アンダーマイニング効果」ですが、はたしてビジネスにどのような影響を与えるのでしょう。ここでは企業側と従業員側、それぞれの立場からアンダーマイニング効果が及ぼす影響について説明します。
【企業】離職率が高まる
なかにはモチベーションを高く維持したまま次のステージを選んで退職する人もいますが、多くの場合、モチベーションの低下とともに退職を考えます。
反対にいえば、従業員のモチベーションが高いほど離職率は下がるのです。内発的動機づけを増やし、アンダーマイニング効果を抑えれば離職率の低下につながるでしょう。
【企業】生産性が下がる
やりたくないことや面倒で辛いことに対して集中力や関心が削がれるのは、人として当然の現象です。いくら料理がすばらしくても、接客対応が悪かったり店内に活気がなかったりするままでは、生産性は思うように向上しません。
ベイン・アンド・カンパニー社とプレシデント社の共同調査によると、「やる気にあふれた社員の生産性は、そうでない社員と比べ2~3倍もの差が生じる」そうです。このようにアンダーマイニング効果は企業の生産性に大きく影響します。
【従業員】職場の人間関係が悪くなる
報酬制度は従業員の競争意欲を高めると同時に競争を促すもの。たとえその意図がないにせよ、成績のよい社員と悪い社員が生まれ、職場の人間関係に影響するのです。
競争自体はモチベーションや成長意欲を生むため悪いことではありません。しかしこれに報酬が絡んでくると「報酬が得られる人の利益になるような行動は、自分にとって不利益をもたらすので控えよう」という考えが生まれてくるのです。
【従業員】再度モチベーションを上げるのが難しくなる
一度アンダーマイニング効果が起きてしまうと、そこから再びモチベーションを上げるのは困難です。イスラエルのとある保育所では、子どもの迎えに遅れるたび罰金を課していました。
それにより親は、「罰金を支払う対価として遅刻してもよい」と考えるようになってしまい、遅刻する親の数は2倍になったのです。その後罰金制度を廃止しても遅刻率は戻らず、反対に増えてしまいました。
4.アンダーマイニング効果を防ぐには?
「報酬がなければ行動しない」「評価を意識して行動が鈍くなる」といったネガティブな影響を与えるアンダーマイニング効果。これを防ぐためにはどのような取り組みが重要になるのでしょうか。
ここでは以下5つの視点からアンダーマイニング効果を防ぐためのポイントについて説明します。
- 他人から強いられていると感じさせない
- かんたんな目標から設定する
- 言葉でほめる
- 現金ではない報酬に変える
- モチベーション理論を知る
①他人から強いられていると感じさせない
アンダーマイニング効果を防ぐための方法として挙げられるのが「他人から強いられていると感じさせないこと」。評価や監視、競争によって「他者から統制されている」と感じさせているのであれば本人の自己決定感や有能感を保つ行動が必要です。
とはいえ社員の頑張りに対して報酬を与えないわけにもいきません。「自分がやりたいと思うことだからやっている」という意欲を持続させるのが重要なのです。
②かんたんな目標から設定する
行動予定や目標を細かく設定してしまうと、どうしてもやりたくもないことをやる機会や、やらされている感が強くなります。その状態のまま実行しても、失敗や有能感の低下につながり、自己決定感やモチベーションの低下が起きてしまうでしょう。
アンダーマイニング効果を防ぐためにははじめからガチガチに目標を定めず、緩くかんたんな目標から設定していくのも大切です。
③言葉でほめる
期待や賞賛などの言語的報酬は、相手の自己決定感や有能感を下げないという研究結果があります。従業員の内発的動機づけをさらに強め、モチベーションや生産性のアップにつなげたい場合は、物質的な報酬ばかりでなく言語的な報酬が有効です。
信頼している上司やチームスタッフから言語的なフィードバックや賞賛を得られれば、アンダーマイニング効果の発生を防げます。
④現金ではない報酬に変える
報酬によって当人の内発的動機づけが失われるアンダーマイニング効果ですが「金銭的な報酬でなければ発生しにくい」という点も、いくつかの研究によって明らかになっています。
社内の福利厚生制度を活用して、報酬を現金以外のものに変えてみましょう。「社内のフリードリンクを充実させる」「有給を増やす」「育児手当を出す」といった報酬が効果的です。
⑤モチベーション理論を知る
モチベーション理論とは、内発的動機づけや外発的動機づけのように、何かの要求によって動きながら目標を認識し、それを実現するために行動するメカニズムのこと。
アンダーマイニング効果を防ぐためには「動機づけ理論」とも呼ばれるこのメカニズムについて学ぶのも有効です。それでは「モチベーション理論」に関連した2つの理論について説明しましょう。
2要因理論
職務の満足、不満足を引き起こす要因に関する理論を「ハーズバーグの2要因理論」といいます。
アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグは「ある特定の要因が満たされれば満足度は上がり、不足すれば満足度は下がるわけではない」という理論を展開しました。
満足にかかわる要因(動機づけ要因)と、不満足にかかわる要因(衛生要因)は別のものだという考え方です。
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五段階欲求説
「マズローの欲求5段階説」とは、人間を「自己実現に向かって絶えず成長し続ける生きものである」と仮定して、5段階の欲求を表したものです。下から順に以下5つの欲求があり、下の欲求が満たされると次の欲求を満たそうとする心理的行動を表しています。
- 生理的欲求
- 安全欲求
- 社会的欲求
- 承認欲求
- 自己実現欲求
5.アンダーマイニング効果改善に役立つ「エンハンシング効果」とは?
アンダーマイニング効果の改善に役立つ手法として「エンハンシング効果(enhancing effect)」と呼ばれる取り組みがあります。「エンハンシング」とは、直訳すると「強化する」「高める」「さらによくする」という意味です。
モチベーションを高めること
「エンハンシング効果」とは、外発的動機づけによって内発的動機づけを高められる心理現象のこと。「賞賛効果」とも呼ばれるこの効果では、相手を褒めることでその人のやる気を引き出せます。
特に信頼している人や尊敬している人からの賞賛は大きな力となるため、より強いエンハンシング効果が期待できるのです。
モチベーションを高めるほめ方とは
エンハンシング効果ではモチベーションを高めるための褒め方を意識する必要があります。「厳しい言い方で相手のモチベーションを下げてしまわないか」「部下や後輩の褒め方、伸ばし方が分からない」というのはいつの時代も変わらぬ悩みのひとつ。
ここではモチベーションを高める褒め方について、以下3つの段階から分けて説明します。
努力をほめる
プロジェクトを成功させた社員が「仕事ができるんだね」と褒められるケースと「大変なプロジェクトだったからこそ寝る間も惜しんで成功させたんだね」と褒められるケース。どちらが相手のモチベーションを高めるでしょうか。
結果だけを褒めるより、過程や努力を褒めるほうがパフォーマンスは上がりやすいという実験結果もあります。モチベーションを高めるには、結果だけでなく努力を褒めるほうが効果的なのです。
関係性も重要
言語的賞賛によってモチベーションを高めるためには、相互の関係性も重要です。チームメイトから「あなたは本当に頑張ってよい結果を出している。だから次の課題を一緒にやってくれないだろうか」といわれたらどう感じるでしょうか。
お互いの関係性によっては、褒めることで相手を自分の意図どおりに動かそうとしている、とも捉えられます。賞賛を相手のモチベーション向上につなげるためには、日頃からある程度の信頼関係を築いておく必要があるでしょう。
人前でほめる
エンハンシング効果をアンダーマイニング効果の改善に役立てるためには、1対1のシーンで褒めるだけでなく、他者の前で褒める方法も効果的です。朝礼や人数の多い時間帯、社内報などを活用し人前で褒めると、相手のうれしい気持ちや自尊心がより高まるでしょう。
反対にほかの人が見ている前で怒られると自尊心はひどく傷つき、モチベーションも低下するため注意が必要です。
NGなほめ方
お互いの関係性を見ながら努力を褒められれば相手のモチベーションは高まります。しかし次のような褒め方では反対にモチベーションを下げてしまうのです。
- 褒めるだけで終わる:褒められることに慣れてしまう
- 本心にないことを褒める:表面上の言葉に聞こえてしまう
- 他人と比較して褒める:「自分も別の場所では比較対象にされているかもしれない」と不信感を募らせてしまう
改善するには「褒めると同時に改善点を伝える」「無理に褒める前に感謝できるポイントを見つける」ようにしましょう。