賃金の推移は、労働者と企業の双方にとって大きな問題でしょう。労働者は生活に、企業は安定した経営に、それぞれ直結するからです。
労使双方にとって非常に重要な賃金の推移、いわゆる賃金カーブについて、その意味や維持、作成方法、グラフから見る具体的な数値などから考察しましょう。
目次
1.賃金カーブとは?
賃金カーブとは縦軸を賃金、横軸を年齢もしくは勤続年数としたグラフに表示される緩やかな曲線のこと。たとえば、継続年数に伴い賃金も上昇する従前の年功序列制度のもとでは、勤続年数とともに賃金カーブも上がります。
賃金カーブは従業員の賃金分布やおおよその将来賃金の傾向を知ることができる指標なのです。
2.賃金カーブの意味
賃金カーブの意味は、2つの側面があります。
- 従業員側から見る賃金カーブ:賃金カーブの変化がいつ頃に現れるかで、将来の賃金推移の目安が分かる
- 企業側から見る賃金カーブ:人件費の見通し、年齢と昇給率の関係性などの把握に役立つ
賃金カーブは、従業員にとっても企業にとっても重要な目安となっています。
賃金カーブのパターン
賃金カーブには、いくつかのパターンがあり、産労総合研究所では、賃金カーブを6つに分類しています。
- 一律上昇型:右肩上がりで上昇を続ける
- 早期立上げ型:早期の年齢で賃金が高止まる
- 上昇率逓減型:一定の年齢で賃金の上昇が緩やかになる
- 上昇後フラット型:一定の上昇の後賃金の上昇がなくなる
- 上昇後減少型:一定の年齢までは上昇するもののその後は賃金が低下していく
- 上昇査定変動型:査定により賃金の上昇に幅が生じる
賃金カーブの維持と維持分
賃金カーブにおいては、賃金カーブの維持と維持分という表現を用います。次にそれぞれの詳細を見ていきましょう。
賃金カーブの維持
賃金カーブの維持とはこれまでの賃金規定に基づいた賃金カーブがキープされることです。たとえばある年に、
- 従業員Aさん(30歳):28万円
- 従業員Bさん(31歳):29万円
の賃金を得ていたとしましょう。
賃金カーブの維持とは、翌年31歳を迎える従業員Aさんが、前年までの賃金規定や実績を踏まえて上昇すると期待される29万円の賃金額と同等の昇給が行われる状態のことです。もし、これまで以上に賃金が上昇した場合は「賃金カーブが上昇した」と考えます。
賃金カーブの上昇と類似する言葉にベースアップがあります。ベースアップとは、全従業員の賃金の底上げ、すなわち、賃金カーブの角度を維持したままで上方修正が行われるケースのことです。
賃金カーブの維持分
賃金カーブを維持するには、従業員に対して支払う資金の原資が必要になり、その原資を賃金カーブの維持分と呼ぶのです。
年齢や勤続年数の平均に変化がない賃金カーブの場合、新たに持ち出さなければならない原資はありません。経年によって勤続年数が1年増えただけで、賃金カーブの維持分が増加することはないからです。
しかし、新しい従業員がなかなか採用できず従業員の年齢構成が高くなる場合、平均年齢が高まり、賃金の支払いのために持ち出す賃金カーブ維持分が増えます。結果、企業の負担は増えるでしょう。
3.グラフから見る賃金カーブの推移
グラフから賃金カーブの推移を考察してみましょう。1976年、1995年、2017年の3年を合わせ、比較したグラフから見る賃金カーブの推移からどのような傾向が読み取れるのかを、性別、年齢階級といった視点で解読します。
性別、年齢階級から見た賃金カーブ
賃金カーブのグラフを、性別や年齢階級から見ていきましょう。さまざまな傾向があると分かります。
男性の場合
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、男性の場合、1976年、1995年、2017年の3つの年で、賃金カーブのピーク年齢は50~54歳となり、どの年も序盤に賃金格差はほとんど見られません。
しかし、各々の時代で日本や世界経済の影響を反映するため、賃金カーブに時代特有の傾きが見られます。
なお賃金額が最高額になったのは1995年。50歳までのどの年齢を見ても賃金額が低いのは、2017年の統計ということも賃金カーブの比較から分かります。
女性の場合
1976年、1995年、2017年それぞれで賃金カーブがピークを迎えるのは、50~54歳と男性と同じ状況です。女性の場合、どの年齢を見ても賃金がおおよそ高い水準にあるのは2017年の賃金カーブでした。
また、1976年の賃金カーブを見ると、曲線は上昇傾向を見せることなく、ほぼ真横に伸びているのです。このことから、年齢階層で賃金が上下せず一定の賃金の支払いが行われていたと分かります。
性別、勤続年数から見た賃金カーブ
ここでは、賃金カーブを性別や勤続年数から見た特徴を解説しましょう。
男性の場合
勤続年数が30年以上のケースで見た際、最も賃金カーブの伸びが見られたのは、1976年でした。1995年でも一定の伸びは確認できますが、2017年ではほとんど賃金カーブに伸びが見られず、1976年や1995年と比較すると伸び率は極めて低いといえる状態です。
年功序列型から成果主義や実力主義へシフトした影響を受けた、という見方もできるかもしれません。また、勤続年数を問わず、全体的に高い水準でカーブを描いているのは、経済成長の著しかった1976年です。
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女性の場合
女性の場合は、1976年、1995年共に賃金カーブは勤続年数30年以上でピークを迎えています。
2017年の賃金カーブは、勤続年数が短いうちは過去2年の数値よりも高い水準の賃金が支払われています。しかし、勤続10~14年辺りから賃金カーブの上昇が緩やかになり、最終的に勤続30年以上での賃金カーブは150を切っていることが分かりました。
過去2年の賃金カーブと比較すると賃金の低さが際立っています。そのほか、年齢階層や勤続年数共に、男性のほうが女性より高い賃金が支払われている様子も見て取れます。
4.『平成29年賃金構造基本統計調査の概況』から見る賃金カーブの推移
『平成29年賃金構造基本統計調査の概況』から見る賃金カーブの推移を、
- 性別
- 学歴
- 企業規模
- 業種
- 雇用形態
から考察してみましょう。
性別ごと
男性は、年齢階級が高くなるにつれ、賃金も上昇していると分かります。賃金がピークになるのは50~54歳。金額は20~24歳時の約2倍です。女性も男性と同様に50~54歳が賃金カーブのピークとなっています。
しかし女性の場合、カーブは男性よりも若干緩やかです。女性は家事や育児に専念したり、仕事を続けても時短などで勤務を制限したりするケースも多くあることから、働き盛りの年代では男性と女性の性別による賃金格差に大きな開きを見せました。
ですが、学校を出て働き始めた年代や、高齢者の再雇用などで働くケースが多くある60歳以上では、男女の差は比較的小さいです。
学歴別
男性は、
- 大学・大学院卒:前年比0.5%減の397.7千円
- 高専・短大卒:同1.5%増の311.0千円
女性では、
- 大学・大学院卒:前年比1.0%増の291.5千円
- 高専・短大卒:同0.3%減の254.8千円
という調査結果が出ています。学歴別に賃金カーブの傾きの大きさを比較すると、男性と女性共に大卒・大学院卒の賃金カーブの傾きが他学歴に比べて大きいのです。
傾きは、女性より男性のほうが大きく、女性は男性より賃金カーブが緩やかな傾向にあります。50代前半でピークを迎え、以降は低下傾向にある賃金カーブですが、大学卒・大学院卒の女性に関しては、60~64歳以降で再び大きく上昇しているのです。
ここから再雇用などで働く際の賃金の決定基準に、学歴が用いられていると分かります。
企業規模別
賃金カーブを企業規模別に比較してみましょう。
男性は、
- 大企業:前年比0.4%減 383.3千円
- 中企業:同0.6%減 318.3千円
- 小企業:同0.9%増 293.6千円
女性は、
- 大企業:前年比0.8%増 270.8千円
- 中企業:同0.4%減 241.4千円
- 小企業:同1.8%増 223.0千円
という調査結果になりました。企業規模が大きくなるにつれ、賃金カーブの傾きが大きくなったり、賃金額が高くなったりする傾向が見られたのです。
また、大企業や中企業は50~54歳に賃金カーブのピークがあるのに対し、小企業は少し遅れて55~59歳の間に賃金カーブのピークが来ています。背景には、企業規模が大きくなると、早い段階で出向などが行われる状況があるようです。
業種別
賃金カーブを業種別に見てみると、男性で最も高いのは、金融業、保険業で467.0千円、次いで教育、学習支援業が440.3千円、最も低いのは宿泊業、飲食サービス業で271.4千円となっています。
女性で最も高いのは、教育、学習支援業で309.8千円、次いで情報通信業が307.3千円、最も低いのは宿泊業、飲食サービス業で200.1千円です。
男女共、宿泊業や飲食サービス業、サービス業の賃金カーブの傾きが平坦といってよいほど緩やかになっていました。経年とともに賃金が上がりにくい業界であると分かります。
また、女性では、医療、福祉、製造業なども賃金カーブが緩やかでした。経年を考慮した場合に賃金の上昇がそれほど見込まれない業種であることが読み取れます。
雇用形態別
雇用形態から賃金カーブを考察すると、男性では正社員・正職員が前年比0.2%減で348.4千円、正社員・正職員以外が同0.4%減で234.5千円。女性では、正社員・正職員が前年比0.6%増で263.6千円、正社員・正職員以外が同0.6%増で189.7千円となりました。
男女の合計では、正社員・正職員が321.6千円、正社員・正職員以外210.8千円という調査結果が出ています。
男女共に正社員・正職員では賃金カーブの傾きが読み取れるのに対して、正社員・正職員以外では賃金カーブはほぼフラットのまま推移しています。非正規社員の待遇改善といった社会問題が、賃金カーブからはっきりと伝わるでしょう。
5.賃金カーブの作成方法
賃金カーブを自社で作成するときに参考になるよう、賃金カーブの作成方法について簡単に紹介しましょう。
賃金カーブの傾向
賃金カーブには6種類のパターンがあります。そのどれにも共通するのは、賃金カーブがおおむね曲線に収束する点。
賃金カーブは年齢や勤続年数といったものを加味して昇給率を変動させていくため、曲線が描かれるのです。
賃金カーブが右肩上がりに一直線に伸びているケースはほとんど見られません。賃金カーブの傾きの大きさには差があるものの、賃金カーブの傾向は曲線であることを理解しておきましょう。
賃金カーブをどう作成するか?
賃金カーブを作成する際に決めることは、曲線をどのように描くのか=昇給率です。どの段階で昇給率を上昇させるのか、また、どの年齢から昇給率を抑制していくのか、もしくは退職まで常に昇給率を上昇させ続けるのかといった判断は、企業ごとに異なります。
賃金総額が同じでも、考えられる賃金カーブはさまざまでしょう。賃金カーブを作成する場合には、
- どのような賃金カーブを描けば従業員の満足度などを満たせるか
- 人件費などをどのような考えのもとに扱うのか
などについて、経営や人事に携わる部署で慎重に考慮するとよいでしょう。
賃金カーブの設定次第で、従業員のモチベーションはいかようにも変わります。賃金カーブを賢く描いて、企業活動の活性化を図れるようにすることが企業の課題でしょう。
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賃金カーブ表の作成
賃金カーブ表は、Excelを使って簡単に作成できます。また、最近では、賃金カーブを作成するソフトも開発されているので、パソコン上で手軽に賃金カーブのシミュレーションをすることも可能です。
賃金カーブの作成ソフトの中には作成以外に、賃金水準や賃金カーブがどうなっているのか、
- 年齢別在籍者の分布や男女別プロット
- 勤続年数別プロット
などを分析し、ビジュアル化して表示してくれる機能を搭載しているもの。このようなソフトを賢く利用してみるのもお勧めでしょう。