割増賃金とは、労働者が通常の労働時間を超えて働いた場合や、休日・深夜に労働した際に支払われる、通常の賃金よりも高い賃金のこと。割増賃金の適切な支払いは、労働基準法によって保護された労働者の権利です。企業は、割増賃金の適切な管理と支払いが重要です。
本記事では、割増賃金の種類や割増率、割増賃金の計算方法、割増賃金を抑制するために企業ができることについて詳しく解説します。
目次
1.割増賃金とは?
割増賃金とは、企業が従業員に対して法定時間外労働、休日労働、深夜労働をさせた場合に、通常の賃金に上乗せして支払う賃金です。労働基準法では、1日8時間、1週40時間を法定労働時間と定めており、この時間を超えた時間外労働をさせる場合は、割増賃金の支払が必要になります。
時間外労働をさせた場合は、通常の賃金の25%以上を割増賃金として支払う必要があります。例えば、時給1,000円の労働者に時間外労働をさせる場合は、1時間につき割増賃金を含め1,250円以上の支払いが必要です。
2023年4月から法定割増賃金率の引き上げが中小企業にも適用
平成22年4月からは、大企業において月60時間を超える時間外労働に対して支払う割増賃金を、従来までの25%から50%の割増率に引き上げる法改正が行われています。
令和5年4月1日には、中小企業も同様に、月60時間を超えた場合の割増賃金率の引上げが適用されています。
出典:厚生労働省「月60時間を超える時間外労働の 割増賃金率が引き上げられます」
割増賃金と残業代の違い
残業代と割増賃金の主な違いは、制度を定める機関と適応の範囲です。
- 残業代:所定労働時間(法定労働時間の範囲内で企業が独自に決めた労働時間)を過えて従業員が労働した場合に企業が支払う賃金
- 割増賃金:労働基準法で定められた法定労働時間を超過して労働させた場合に支払う賃金
また、割増賃金は残業だけでなく、休日労働や深夜労働に対しても支払われるため、その適用範囲はより広いです。
なお、企業が定めた所定労働時間が法定労働時間よりも短い場合に支払う残業代は、割増賃金(通常の賃金の25%以上)ではなくても問題ありません。
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2.割増賃金の種類と割増率一覧
割増賃金には主に、時間外手当、休日手当、深夜手当の3種類があり、それぞれに適用される割増率が定められています。
種類 | 支払う条件 | 割増率 |
時間外(時間外手当・残業手当) | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき | 25%以上 |
時間外労働が限度時間(1ヶ月45時間、1年360時間等)を超えたとき) | 25%以上 | |
時間外労働が1ヶ月60時間を超えたとき | 50%以上 | |
休日(休日手当) | 法定休日(週1日)に勤務させたとき | 35%以上 |
深夜(深夜手当) | 22時から5時までの間に勤務させたとき | 25%以上 |
出典:東京労働局「しっかりマスター労働基準法」
時間外手当
時間外手当とは、労働者が法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて働いた場合に支払われる割増賃金です。日本の労働基準法では、時間外労働に対して少なくとも25%の割増率を適用することが義務づけられています。
時間外労働が1か月60時間を超えたとき
時間外労働が1か月60時間を超える場合、割増賃金の割増率はさらに高くなります。これは、長時間労働の健康リスクを考慮し、労働者の保護をより強化するための措置です。
時間外労働が1か月60時間を超えた分については、50%以上の割増率で賃金を支払う必要があります。
休日手当
休日手当とは、労働者が法定休日に労働した場合に支払われる割増賃金です。休日に労働することは、労働者の休息権を侵害する可能性があるため、これを補償する形で割増賃金が設定されています。
法定休日に労働させた場合の割増賃金
労働基準法によって事業主は労働者に対して週1日または4週を通じて4日の休日を与えることが義務づけられており、この休みを「法定休日」と定義しています。休日労働に対する割増率は、通常の賃金の35%以上が適用されます。
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法定外休日(所定休日)に労働させた場合の割増賃金
法定外休日(所定休日)は、企業が独自に定める休日のこと。週末や特定の平日を法定外休日として設けている企業が多く、就業規則などで定めています。
法定外休日は法律で定められた休日ではないため、労働基準法で義務づけられている割増賃金の対象外となることが一般的です。
法定外休日に労働を課した場合法定労働時間内は通常の賃金、法定労働時間を超える時間外労働をさせた場合は25%の割増賃金となります。
深夜手当
深夜手当は、22時から翌朝5時までの間に労働させた場合に支払う割増賃金です。深夜労働に対しては、事業主は通常の賃金を25%以上割増して支払わなければなりません。
3.割増賃金の適用除外
割増賃金の支払いは、全ての労働者に適用されるわけではありません。ここでは、割増賃金の適用除外となる「割増賃金適用除外に該当する労働者」と「変形労働時間制を採用している場合」について紹介します。
割増賃金適用除外に該当する労働者
割増賃金の支払いは、全ての労働者に適用されるわけではありません。管理職(管理監督者)など、一定の条件を満たす労働者は、割増賃金の支払い対象外となる場合があります。
労働基準法41条では、下記に該当する人は、割増賃金の適用除外と定めています。
- 農業、畜産業、養蚕業、水産業に従事する者(林業を除く)
- 事業の種類にかかわらず、監督若しくは管理の地位にある者、または機密の事務を取り扱う者
- 監視、または断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けた者
これは、彼らの労働時間が柔軟であり、自己管理のもとで行われることが多いためです。そのため、上記に該当する労働者には、法定時間外労働、法定休日労働に対する割増賃金を支払う必要がありません。
変形労働時間制を採用している場合
変形労働時間制とは、一定期間を平均した労働時間が法定労働時間を超えない範囲内において、特定の日または週に法定労働時間を超えて労働させられる制度です。
「変形労働時間制」を採用している場合は、割増賃金は適用されません。
変形労働時間制は、労働基準法で「1か月単位の変形労働時間制」と「1年単位の変形労働時間制」が定められています。ただし、変形労働時間制を採用している企業でも、一定期間内を平均した労働時間が法定労働時間を超えた場合は、割増賃金の対象となります。
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その他割増賃金の適用除外となるもの
割増賃金は、所定労働時間の労働に対して支払われる「1時間当たりの賃金額」に対して適応されます。以下の①~⑦は、労働との直接的な関係が薄く、個人的事情の基に支給されていることなどにより、割増賃金の適用除外となります。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
出典:厚生労働省「割増賃金の基礎となる賃金とは?」
4.割増賃金の計算方法
割増賃金は、以下の計算で算出します
割増賃金=1時間あたりの賃金額×対象時間数×割増率
労働者が通常時間に労働した場合の1時間あたりの賃金額を基本賃金といいます。割増賃金は、基礎賃金に「時間外労働、休日労働、または深夜労働」を行わせた時間数と割増率を乗じることで算出されます。計算にあたっては、労働時間の正確な記録が不可欠です。
1時間あたりの賃金額(基礎賃金)を確認する
月給制の労働者の場合、1時間あたりの賃金額は以下の計算で算出します。
- 1年間の所定労働日数×1日の所定労働時間÷12=1カ月の平均所定労働時間
- 月給÷1カ月の平均所定労働時間=1時間あたりの賃金額
たとえば、年間休日が125日、1日の所定労働時間が8時間の会社で、月給24万円の労働者の場合、
- (365日-125日)×8時間÷12か月=160時間・・・1か月の平均所定労働時間
- 240,000円(月給)÷160時間=1,500円・・・1時間あたりの賃金額
この労働者の場合、1時間あたりの賃金額は1,500円となります。
なお、基礎賃金には「その他割増賃金の適用除外となるもの」で説明した7つの手当や賃金は含まれません。
割増賃金の対象労働時間数を計算する
割増賃金の対象時間数を計算します。対象となる労働の種類には、以下の3種類です。それぞれの種類によって、適応される割増率が異なるため、1つずつ確認する必要があります。
- 時間外労働:法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた時間数、1か月45時間・1年360時間の時間外労働を超えた時間数、1か月60時間の時間外労働を超えた時間数
- 休日労働:法定休日に行った労働時間数
- 深夜労働:深夜10時から翌朝5時までの労働時間数
割増賃金の種類を確認する
割増賃金の対象となる労働の種類や支払う条件によって、割増率は異なります。下記の表を参考に、割増率を確認しましょう。
種類 | 支払う条件 | 割増率 |
時間外(時間外手当・残業手当) | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき | 25%以上 |
時間外労働が限度時間(1ヶ月45時間、1年360時間等)を超えたとき) | 25%以上 | |
時間外労働が1ヶ月60時間を超えたとき | 50%以上 | |
休日(休日手当) | 法定休日(週1日)に勤務させたとき | 35%以上 |
深夜(深夜手当) | 22時から5時までの間に勤務させたとき | 25%以上 |
計算式に入れて算出する
割増賃金は、1時間あたりの賃金額(基礎賃金)に割増賃金の対象となる時間数と対応する割増率を乗じて算出します。たとえば、1時間あたりの賃金額が1,500円の労働者が、5時間ほど時間外労働をした場合の割増賃金額は以下となります。
割増賃金=1,500円(基礎賃金)×5時間×1.25(割増率)=9,375円
時間外労働が深夜までかかった場合は、時間外労働に対する割増賃金と深夜労働に対する割増賃金をそれぞれ支払います。
たとえば、1時間あたりの賃金額が1,500 円の労働者が、13時から 23時まで(10時間労働のうち休憩1時間)労働した場合、22時から 23時の1時間は時間外労働かつ深夜労働となるため、割増賃金額は下記となります。
割増賃金=1,500円(基礎賃金)×1時間×1.5(時間外労働割増率 1.25+深夜労働割増率 0.25)=2,250
端数処理を行う
最後に、円未満の端数の処理を行います。1時間あたりの賃金額および割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上1円未満の端数を1円に切り上げます。
5.割増賃金の代わりとなる代替休暇制度とは?
代替休暇制度は、1カ月に60時間を超える法定時間外労働を行った労働者の方の健康を確保するため、引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇(代替休暇)を付与できる制度です。
出典:厚生労働省「引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇を付与する制度(代替休暇)を設けることができます」
代替休暇制度導入にあたっては、過半数組合、それがない場合は過半数代表者との間で労使協定を結ぶことが必要です。労使協定には下記の事項を定めなければなりません。
- 代替休暇の時間数の具体的な算定方法
- 代替休暇の単位
- 代替休暇を与えることができる期間
- 代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日
出典:厚生労働省「月60時間を超える法定時間外労働に対して」
6.割増賃金の抑制で企業ができること
割増賃金の支払いは企業の人件費を大きく増加させる可能性があります。そのため、多くの企業は割増賃金の支払いを抑制するための対策を講じています。以下は、割増賃金の抑制に効果的な方法の一部です。
割増賃金の代わりに代替休暇制度の活用
割増賃金の代わりに休暇を提供するとで、従業員の満足度を保ちつつ人件費の増加を抑制できます。代替休暇は、法定時間外労働が1カ月60時間を超えた月の末日の翌日から2か月以内に付与しなければなりません。
業務効率の向上
業務プロセスの見直しや効率化を図ると、同じ作業を短時間で完了させられます。また、ITツールの活用による業務自動化も有効です。
労働時間の管理の強化
労働時間を正確に把握し、不必要な残業が発生しないようにする、時間管理システムの導入や勤務計画の見直しなどが有効です。
フレックスタイム制の導入
フレックスタイム制(労働基準法第32条の3)は、1日の労働時間の長さを固定的に定めず、1か月以内の一定の期間の総労働時間を定めておき、労働者はその総労働時間の範囲で各労働日の労働時間を自分で決められる制度です。
従業員が自身のライフスタイルに合わせて勤務時間を柔軟に設定できるようにすると、無駄な残業を減らせます。
フレックスタイム制とは?【どんな制度?】ずるい?
フレックスタイム制とは、従業員が始業・終業時刻などの労働時間を自ら決められる勤務体系のことです。
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テレワークの推進
通勤時間の削減や勤務場所の自由度を高めることで、従業員のワークライフバランスを改善し、効率的な業務遂行を促進します。
7.割増賃金を支払わないとどうなる?
割増賃金を適切に支払わないことは、労働基準法に違反する行為となり、6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されます。
また、割増賃金の未払いに対して、従業員が労働基準監督署に申告すると、労基署からの指導や命令を受けることがあり、最悪の場合は罰金や刑事罰の対象となることもあります。
従業員が訴訟を起こすと、これにより、未払い賃金の支払いにくわえ、遅延損害金や訴訟費用を負担することになる可能性もあるのです。さらに、割増賃金の未払いが公になると、企業の信頼性やイメージに悪影響をおよぼします。これは、採用活動や顧客関係にもネガティブな影響を与える可能性があります。
割増賃金の適切な管理と支払いは、法的リスクの回避だけでなく、従業員の満足度やモチベーションの向上、企業イメージの維持にも寄与します。企業は、労働基準法を遵守し、適切な労働環境を提供することが重要です。