留職とは、グローバル感覚を身に付けるために一定期間職場を離れて、新興国をはじめとした海外で働くことです。この記事では、留職について詳しく紹介します。
目次
1.留職とは?
留職とは、企業に勤める社員が世界的な感覚を身に付けるために、期間限定で新興国へ派遣されて働くこと。赴任先の多くは公的機関や社会セクターなどの現地NPO団体で、本業で得た経験を活かして社会課題の解決に尽力します。
企業が社員に留職させる理由は、リーダー人材の育成や市場開拓のためです。現在は「留職プログラム」なども整備され、留職しやすい仕組みが増えています。
2.留職の目的
企業戦略としての留職は、グローバル感覚に優れた人材の育成とともに、新興国への貢献と市場開拓を目的として行われます。
国内企業で勤務している限り、たとえ海外支社や海外企業の人との連絡を密に取っていたとしても、本物のグローバル感覚を身に付けることは困難です。市場開拓を行うにも、現地の実態を知らなければうまくいかないでしょう。
しかし留職を利用すれば、自社社員が新興国の現状を肌感覚で知ることができる上、社内に知見を蓄積できるのです。
3.留学との違い
留学とは、何かを学ぶために海外へ行くことで、学ぶ内容は、英語などの語学や音楽、料理、スポーツなど人によってさまざまです。
留学期間も人それぞれで、学生ビザにより学位を取得する「正規留学」や、ワーキングホリデーや観光ビザを利用して数週間から数カ月ほど現地で学ぶ「短期留学」などがあります。
4.留職が広まった背景にあるパナソニックの事例
留職が広まった背景には、パナソニックの成功事例があります。2012年にパナソニックの技術系社員がベトナムのダナンに留職したことが、日本における初めての導入事例となりました。どのような経験を得られたのか詳しく紹介しましょう。
苦労の連続と課題の解決
次世代リーダー人材の育成のため、パナソニックではプロダクトデザインを専門とする社員1名をベトナムのダナンに派遣しました。赴任先でこの社員は、現地NPOのリーダーが製作した「ソーラークッカー」が、人々の生活を助けるものだと知ります。
社員はコストを抑えた製造をミッションに奔走しますが、言葉や文化が異なるため意思疎通がうまくいかないなど多くの課題にぶつかりました。
しかし、日本にいる社員たちと課題を共有し、社内横断型のリモートチームを結成することで、解決の糸口が見えてきました。
最終段階での助っ人
スムーズにミッションを達成できると思われましたが、残り1週間のところで大きな課題にぶつかります。そこを助けたのが、社内で有名なベテラン技師たちでした。週末の21時に近い時間にもかかわらず、若手の頑張りに感銘を受けて協力してくれたのです。
アドバイスをもとに必死で作業に取り組んだ結果、製作コストを16%も低下できる試作品を作り上げることに成功。パナソニックの「ものづくり」に対する真価が、存分に発揮された瞬間でした。
そして留職は広まる
このパナソニックの成功事例をきっかけに、テルモやベネッセコーポレーション、日立製作所、NECなど大手企業を中心に留職を導入する企業が増えていきます。また、パナソニックとともに留職を実現させた新興企業にも注目が集まり始めました。
これにより「NPOと企業をつなぐことで、ビジネスの観点から社会貢献ができるであろう」という創業者の想いが叶い、日本に留職を広めることができたのです。
こうした「留職プログラム」を掲げてサポートする企業の働きも後押しして、留職は日本に根付きつつあります。
5.留職のメリット
留職は企業にも社員にも大きなメリットをもたらします。その内容を具体的に見ていきましょう。
自発性などリーダーシップの向上
留職は社員の自発性をはじめ、リーダーシップに必要なスキルを向上させるのに役立ちます。日本にいるときと比べて言語も習慣も違う海外では、これまで培ってきたスキルなどの自発的な活用が欠かせません。
これまでとは全く異なる土壌で成果を出していくには、自ら考えて能動的に動かなければならないからです。厳しい環境に身を置いて経験を積むことで、グローバル感覚を養うとともに積極性が身に付き、ビジネスパーソンとしての成長につながります。
現地を知る
留職では社員自身の目で直接現地を見られるため、実際の様子を肌で感じ取ることができます。日本にいても現地情報を手に入れることは可能ですが、実際に現地に身を置いて得られる情報とは有益さが異なります。
自社の強みを知る社員が、企業の立場から現地を見ることで、ほかの立場では分からないことに気付けたり、発見できたりすることもあるでしょう。
社員が自ら新興国などに飛び込んで見たり聞いたり体験したりすることには、本人にとっても企業にとっても大きな価値があるのです。
コミュニケーションスキルの向上
留職では、これまで出会った人とは異なる言語や文化、背景を持つ人と多く接するため、コミュニケーションスキルの向上が期待できるのです。
赴任先では、NPOなどで働く人材や街に住む人々と仕事や食事などさまざまな場面でコミュニケーションを取ります。またNPOに参加する人の中には、豊富な経験を持つ人がたくさんいることも。
そういった人たちと交流できる良い機会というのも留職のメリット。これにより、社員自身の視野は広がるでしょう。
課題解決
留職した社員の取り組みを通じて、現地で抱える課題が解決される可能性が高まるのです。
派遣された社員は、これまでの会社生活で身に付けたスキルを活用して課題解決に取り組みます。内容によっては、パナソニックの事例のように社内の経験豊富な人材が持つ知見や技術などを集結して貢献することも可能です。
また留職での活動は、現地の人の生活をより良くすることにもつながります。このように現地、企業、社員の皆にメリットがあるのが留職です。
6.留職のデメリット、問題点、課題
留職には少なからずデメリットもあります。導入する上で把握しておくべき注意点を見ていきましょう。
コストがかかる
留職を導入するにあたり、企業のニーズに合わせてプログラム設計が必要な場合も多いですす。
留職の目的に合わせてどの国のどの地域のどの団体に留職するか、期間はどのくらいか、社員をどのような基準で選抜するかなど、独自のプログラムを設計して実施するには高いコストがかかります。
1人当たり数百万ほどかかるともいわれているため、体力のある大手企業でなければ導入が難しい場合も。
成功するかは分からない
当初の目的通りに現地で社員が成長できるか、自社の強みだけで100%現地の課題を解決できるかどうかは、実際に留職を始めてみなければ分かりません。
社員(企業)のスキルと派遣先団体の業務内容とのマッチングが甘かったために、うまくいかない場合もあるなど、すべての留職が成功するとは限らないのです。
7.留職の流れ、ステップ
留職を導入する際に必要なステップを、ひとつずつ見ていきましょう。
- プログラムの設計
- 派遣候補者を選抜
- マッチング
- 事前準備
- 留職の実施
- 帰国後の研修
- 終了後のフォロー
①プログラムの設計
企業のニーズを明確にして、実施する留職の中身を設計します。プログラムを決定するにあたり、何のために留職を導入するか、どのくらいの期間派遣するか、どのような人材を募集するか、必要なサポートは何かといったことを話し合うのです。
留職の内容は、若手社員か管理職か、技術職かマーケティング担当かなど立場によって変わります。留職を成功させるためにも、きちんと目的を定めて何を実現したいかを事前にはっきりさせておきましょう。
②派遣候補者を選抜
社内で留職の募集を行い、派遣候補者を何人か選抜します。面談で本人の意欲や語学力、スキルなどの適性を確認し、留職の目的に合う人物かどうかを慎重に見極めたら最終候補者を決定します。
留職では派遣者に何らかのミッションが課せられるため、それを実行できるだけのリーダーシップやスキル、英語力などが必要です。
留職は語学留学でも自由参加のボランティアでもなく、仕事の一環で実施されるもの。ビジネス的感覚にも優れた人物を派遣するようにしましょう。
③マッチング
企業が求めるニーズや派遣候補者の経験・スキルをもとに、適合する国や地域、派遣先団体を選定します。それから、候補者の現在の業務内容と派遣先の業務内容をマッチングして、実際にどのような業務を行うかをすり合わせるのです。
留職で行う業務がある程度決まったら、留職をサポートする担当者が現地に赴いて最終調整を行います。また現地で暮らす上での安全面なども確認して、候補者が現地でスムーズに仕事に打ち込めるように準備しましょう。
④事前準備
何のために現地に赴くのか、現地でどんな課題を解決しなければならないのかといった留職の目的を、派遣者に詳しくレクチャーします。また赴任先で業務に取り組む際、達成すべき個人目標を設定し、成長の道筋を描いてもらうのです。
ほかにも課題解決のためのスキームを構築したり、ワークプランを立てたりと、現地で働く上での準備を行いながら派遣者のモチベーションを持続させます。場合によっては、ビデオ会議などで派遣先とディスカッションを行うことも。
⑤留職の実施
派遣者が現地に赴いたら、留職のスタートです。事前準備で立てたワークプランに基づいて現地業務に取りかかり、課題解決に向けて奔走します。構築したスキームに適宜変更を加え、ときには本社に協力を求めながら解決を目指しましょう。
派遣先の人たちとコミュニケーションを取って親交を深め、コミュニティを築くことも大切なミッション。また現地の実態を見ながら市場調査を行い、帰国後に役立ちそうなことなどもチェックします。
⑥帰国後の研修
帰国後、現地でどのような活動を行って何を学んだか、どんな経験をしたのかなどを振り返る機会を設けます。派遣者は、本業に活かせそうなことや気付きなどを抽出して報告書などにまとめます。企業によっては報告会を行う場合も。
こうした報告内容や現地での成果をもとに、派遣者の成長を測ることも重要です。留職の前後を比べてリーダーシップなどに変化が見られれば、人材育成に成功したといえるでしょう。また留職中に課題が解決すれば、現地に貢献できたことにもなります。
⑦終了後のフォロー
留職は、帰国直後の研修や報告会などを行って終了ではありません。定期的に留職経験者を集めてイベントを開催したり、派遣先で築いた人脈や経験を本業に活かせているかを調査したりと、派遣者が留職の効果を継続できるようなフォローも重要なのです。
状況によっては経験を活かせる部署に異動させてもよいかもしれません。また派遣者の成長や活躍を継続的にウォッチングしていくことで、留職の効果を検証できます。蓄積された知見は、次の留職にも活かせるでしょう。
8.その他留職の事例
パナソニックに続いて留職を導入した企業の成功事例を3つ紹介します。
NEC
NEC社員の安川さんは2013年にインドのデリーへ留職します。目標はアントレプレナーシップを鍛えることと、現地でファミリーとして受け入れてもらうこと。
赴任先では自発的にコミュニケーションを取り、現地の人と積極的にふれあって寝食を共にするといったことを心掛けた結果、多くの人たちと信頼関係を構築できました。
またフロンティア精神で果敢にチャレンジしたため、度胸や腹をくくって突き進む覚悟などが身に付けいたといいます。
日立
日立社員の白神さんは2013年にインドネシアのジャカルタへ留職します。当初は課題に対して、「自分にとって難しい開発になるだろう」と感じていたそうです。
しかし白神さんは、コミュニケーションの取り方に苦戦しつつも会話の機会を増やしたり試作品などを提示したりして、相手のニーズを探るなどの工夫を重ねました。それにより互いの理解が深まったのです。
この努力によってミッションを達成できたとともに、「相手にとってのベストに寄り添うことが重要である」といった学びを得られました。
ベネッセコーポレーション
ベネッセコーポレーション社員の松尾さんは、2013年にインドネシアのジャカルタへ留職します。「いつかアジア諸国で教育に携わりたい」と心に抱いていたため留職に応募したそうです。
松尾さんは「英語の特別授業を楽しく」という目標を立て、精力的に授業計画の作成や教師向けのビデオ作成などを進めます。
これによって「自分で考え、要望に耳を傾けて、できることをやってみることが大切だ」という学びと実行力を得られました。また現地での取り組みが継続されていることも、自信につながっています。